PARAでつくってます5 大北栄人(アー) アーティスト・イン・レジデンス『本当にあったひどい話』縦型動画制作

プログラム概要

 
私は普段コントやコメディといったユーモアの舞台を作っています。そこでは「こんなこと笑っていいの?」という感想をよくいただきます。わかります。それは私のこんな感覚に根ざしているところがあります。
中学生の頃、遠藤周作の『わたしが・棄てた・女』を読んでそのあまりにも悲しい物語に泣きました。同時に大北少年は聡明ですから「よくこんなひどいこと書くな」と呆れもしました。ラース・フォン・トリアー『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を観たときもそうです。この頃にはもう大人になっていたので「ひどすぎる!」と笑ってしまいました。
いやいや、私はビョーク演じるセルマではなくこんな話を書いたトリアーや遠藤を、はたまた書かせた人々を笑っているんです。物語の数だけ人を殺して泣いてる私達は一体何をしてるんでしょうか。『サピエンス全史』を参考にすると人類はひどい話を創作しては結束力を高めてきたようです。ひどい話の創作、それこそが物語の原初なんじゃないでしょうか。

 
photo by 明田川志保
 
そんなことに端を発し、2022年末に明日のアー(現・アー)では『悪役研究発表公演 本当にあったひどい話創作集』と題した公演を行いました。やはり物語の本質めいた感触はあり、継続して探求していきたいと思ってたところTikTokにひどい話が流れてきているのに気づいたんです。
そうです、縦型動画の世界では、いかに短尺で人々の耳目を集めるかにやっきになる余り、人間の情動を反応させるような動画が多く生み出されています。大ひどい話濫造時代の到来です。そこは公演を行った白壁のギャラリーとはかけ離れた修羅の国です。でも、この大海原がレッドオーシャンであるからこそユーモアの紛れる余地があるんです。
私達は縦型動画の悪人たちの世界へと漕ぎ出します。米国大統領選挙時にフェイクニュースを量産したマケドニアの若者たちのように、ここPARAで、俳優さんたちと本当は一切なかった「本当にあったひどい話」を量産する悪、それも、とびきり凡庸な悪となり「おい、一人アホがまじっとるぞ」を目指します。
大北栄人(アー主宰/ライター)